2008.03.09

花粉の少ない森づくり

図書館に行く途中の“ぽっぽ町田”でイベントがあった。
東京都「花粉の少ない森づくり運動」である。 
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/norin/kafun/sugikafun.html
3時から「先着150人にお花のプレゼント」があるという。すで
にロープを張った場所に60人ほど並んでいた。並んでくださいと
言われるままに並んでいる人の後ろについた。「マーガレット」か
「サイネリア」だけれど、花は選べないという。

紫色のサイネリアの鉢植えをいただいた。大きな鉢植えで、花がた
くさん咲き、蕾もついている。 嬉しい! 

強制ではないが、「花粉の少ないスギへの植替え」費用に充てるた
めの募金をということである。当然、気持ちだけ入れてきた。

今まではこんなことはなかったが、私も花粉症になったのか、連日
くしゃみばかりしている。 
だからといって嘆いてばかりいられない。

 スリーコイン・ワンツリー運動  
 1500円でスギ1本を切り出し、花粉の少ないスギに植替える
 ことが出来るという。
 
たくさんの募金が集まり、植替えができ、花粉の少ない森になると
良いと思う。 

勿論、図書館には行き返却と共に新規に5冊借りてきたのである。

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2008.01.02

新しい年に

例年のごとく、元日に天満宮にお詣り。比較的早く家を出たのに、鳥
居から外に行列が出来ていた。時間的には昨年よりも1時間は早かっ
た筈なのに・・。天気も良くいためか、家族連れの人たちで賑わって
いた。 ご神矢を買い、おみくじを引き家路に向かった。
今年は、昨年暮れからちょっと良いことがあった。

2日の今日は、箱根駅伝があり、花の2区までで外出。外出から帰り
再びテレビを。なんとなんと早稲田がトップでくるではないか。優勝
候補に上げられていなかったのに・・。思わず、手をたたき応援をし
た。その後、順天堂大の選手のアクシデント。襷をつなぐという必死
の思いをうかがうことが出来た。

そして、もう一つの喜び。全国高校生サッカー大会で都立三鷹が
勝利したこと。練習時間も少ないのによくがんばってくれたと・・。

作詩家協会のお正月の会報が送られてきた。北川大介の作品募集
結果に知っている人の名前が掲載されていた。おめでとう。

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2007.12.01

天満宮

今年最後の月となった。
天満宮にお参りに出かけた。毎月、お参りに行くことにしている
ためである。
お参りをすると清々しい気持ちになるのは勿論である。

また、この日は、境内で骨董市が開かれているのである。この骨
董市に来る人たちは、和服で来る人も何人かいる。それも独自の
着物の柄の組み合わせであったり、斬新な着物を着ている人もい
る。だからといって違和感を感じることはない。

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2007.11.01

本格焼酎・泡盛の日

早いもので、11月に入った。月日のたつのは本当に早い。年齢
重ねていくたびに早いと感じられる。

ところで、今日は「本格焼酎・泡盛の日」だという。
読売新聞朝刊の2面にわたって九州の焼酎の特集。
お酒の好きな方、特に焼酎という方にとっては、今日は、心おき
なく飲むことが出来るのでは・・・

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2007.10.28

GIANTSのジャビット君

読売新聞販売店から、ジャイアンツのマスコット人形「ジャビッ
ト君」をいただいた。身長45センチ。可愛いのひとことに尽き
る。

詳しく書くと、こういう事だ。
原寸サイズのジャビット君を印刷した紙の下に「2007ジャビ
ットぬいぐるみFAX申込書」が印刷されており、必要事項を記
載し、切り取り線よりカットし、A4用紙に貼り込み、販売店に
FAXしたのだ。午前中は出かけたので、午後2時近かったよう
に思う。10時よりFAX受け付け開始であり、先着100名な
のでダメかなと思ったけれど、FAX送信してみたのだ。

一日おいた昨日の夕方電話があり、ジャビット君をもって来てく
れたのだ。 ラッキー! 台風なのにご苦労さまでした。

ジャビット君のユニホームの背番号は555。巾着袋に入ってい
る。

父が生きていたら喜んだのではと思う。何しろ、巨人創立以来の
巨人ファンであると語っていたからだ。私は、野球をニュースで
見るぐらいである。ホームランを打ったりすると、ジャビット君
を貰っているのをテレビで見たことがある。 

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2007.05.22

訃報 落語家・三遊亭右女助さん

昨日21日の朝刊で、落語家の訃報の記事を見た。

落語家の三遊亭右女助(本名:田中信雄)元落語芸術協会理事、
胃癌のため横浜市金沢区の病院で20日死去、81歳。 「出札口」
十八番であり、落語家芸術協会理事を務めた。

三遊亭右女助さんの名前(本名)を見て、「喪主は長女川島星美(か
わしま・ほしみ)さん。」とある。驚きとともに数十年昔を思い出して
いた。おかみさんはお元気なのだろうか? 

そう、おかみさんは、私が20代のころ、就職した会社に勤務されて
いた。何でも社長の奥さんの親戚だということだった。
ある時、ひょんなことから仲良くなり、私が、週二回、習い事をして
いることを知り、この日はお弁当を持たないで私に合わせてくれて
いた。
お弁当を持って来る日には、前の日に作ったといってハンバーグを
持ってきてくれたりもした。

ある日、会社が終わったら遊びに来るようにということで、職場の
女性に道案内をされて伺った。そのときに、ご主人が落語家であ
ることを知ったのだ。 しかも、そのときのご主人は三遊亭右女助
さんではなく、古今亭今輔師匠のお弟子さんで古今亭今之輔さん
というお名前だった。
家でお食事をして、楽しいひとときを過ごしたことをおぼえている。
そして、今度、上野鈴本の楽屋にいらっしゃいと言ってくださった。
そして、しばらくして、三遊亭右女助さんという名前になったと新
聞で知った。おかみさんは、いつ会社を辞められたのかハッキリ
とした記憶がない。

懐かしさと共に、三遊亭右女助さんのご冥福をお祈りします。

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2007.05.18

こわい 怖いよ

16日(水)の夜(10時30分頃)、横浜駅の1,2番線ホームへ上る
階段での出来事。
この日は、月一回の横浜に行く日であった。 友人2人と右側の階段
を上って行き、最上階にはあと3段くらいで着こうかというところで、も
のすごい勢いで階段を降りてきた女性が私の左肩を突き飛ばすよう
に押してきた。すぐに手すりに掴まったので、何事もなかった。顔は
見ることが出来なかったが、白いスーツ服姿の女性だった。 友達
は、掴まらなかったら、そのまま仰向けに落ちちゃったじゃないとい
う。

まだ、上りの電車は来ていなかったので、下り線の電車から降りて、
乗り換えるのか誰かと待ち合わせをしているのかしらないが、恐ろし
いことである。

今、考えてもゾーッとする。それにしても女性であることにビックリ。
いや、むしろ女性だから怖く感じるのである。男女同権とはいえ、行
動まで荒々しくすることはない。白いスーツが泣くというもの。

みなさんも、駅の階段の上り下りの際には、特に気をつけるようにな
さってください。

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2007.01.09

成人の日

1月8日、成人の日。
天気が良くて新成人の人たちをお祝いするのには、大変良かったの
ではないだろうか。 私の時は、1月15日だった。 しかも、現
在のように20代になった女性が振り袖を着て行くということもな
かった。

今でも、覚えていることは、成人の日よりも前に区役所から送られ
てきた郵便物。中にはお祝いのメッセージと赤いシャープペンシル
(確かパイロット製だったと思う)。
真ん中が丸くて赤い四角の紙にメッセージは書かれていた。当時は
都内に住んでいたので区長の名前で成人を祝う言葉と共に、13万
余千人の成人の人たちを一度に祝うための会場がないので、お祝い
の品物を贈り成人式といたしますというようなことが書いてあった
と思う。

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2006.11.11

とても気になる袴姿の人

今日、横浜線での車中で見かけた人(女性と思っていた)。
朱色の着物、なす紺色の袴、両方とも棉でかなりしっかりとした
重みのある棉とみた。モスグリーンの麻のショールというか大き
めのマフラーを巻いている。
やはり、麻で縞柄の薄紫色の布を腰につけている。これは何?
何のために・・?

皮の鞄を斜めに肩から後ろに提げていて、携帯が見えている。
後ろ姿だけなので、どのような女性かと想像を巡らせていた。
履き物は、もちろん下駄。

右手には蛇の目傘の柄を下にして頭を持っていた。なにげなく
その手を見ると、指、手の甲に毛が生えている。男性だったのだ。
そして、蛇の目と思ったのは番傘のような・・。
髪は後ろで上に結んでいるのと着物、袴姿で女性と思い込んで
いたのだ。

私が下車するときに、その人の顔をみたら、やはり男性だった。
男性だって着物姿は良いな、それも袴までつけているとは・・。

着物の好きな私としては、とても気になる人であった。

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2005.11.08

あの柿は・・

駅に行く途中のとある家の玄関脇の柿の木。2階の窓まで枝が伸び
ている。しかも、赤い柿のみがたわわになっているのである。家人
も柿を取らないのだろう。歩いていても手を伸ばせば柿に届く位置
に枝が垂れ下がっている。

何しろ、鳥が来ない。もしかしたら、渋柿ではないのだろうか。
鳥たちが食べに来ないというのは・・おかしいのである。甘ければ
食べに来るだろうに・・。

いつになったら、きれいに実がもぎ取られるのであろうか・・。
毎日、毎日、柿の木の下を通るたびに考えてしまう。

そして、石本美由起先生の作詞の歌が浮かんでくる。もちろん、あ
の名曲「柿の木坂の家」である。

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2005.11.02

11月ですよ!

わあー、11月に入り、今日は2日だ。
半月も書き込みしていない・・。いろいろと書くことはあったのに
である。
そう、いろいろと・・ね。 変化のあった半月であった。
あれも書こう、これも書こう、そして書いておかなくては、の意気
込みはあり、素晴らしい意欲だったのである。

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2005.10.15

ちょっとの努力が・・

人と会うために家を出たところ、冷たいものが頬に当たった。
雨が降ってきたので、再び戻り、折りたたみ傘を持って出たところ
大粒の雨だった。あー、柄の長い傘の方が良かったか・・・。
まあ、傘を持っているのだから、良しということにした。

2人の人とは久しぶりに会うことになる。
会った時に、「痩せた?」と聞かれた。やっぱり、痩せてきている
のだ。2月ほど前に会ったときには言われなかった言葉である。
ちょっとの努力が大きな喜びになるのだなという実感を得る。

もう一人も「私、2キロ痩せたの」と。そういえば、彼女も少し顔
が小さくなってきているような・・。 
でもね、体つきは変わっていなかった様な・・・。ゴメンね。こん
なこと書いて。 
今日、会った二人とも歌が大好き。カラオケ大会に出て優勝したり
している人たちである。

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2005.10.09

最後のキュウリ

プランターに植えた3種類の野菜のうち、キュウリだけがまだ実を
付けている。シシトウ、ナスは9月中に根っこごとプランターから
引き抜いてゴミに出した。なぜなら、今月10月1日からゴミの有
料化がスタートしたからである。

有料化で燃えるゴミ、燃やせないゴミを入れる市指定の袋を購入し、
その中に入れて出すことになっているからである。

シシトウ、ナスは、もう花も咲かなかったが、キュウリはとみると
黄色い花が4つ咲いていたのである。 
これから、実を付けるであろうと残しておいたのである。
かくして、実を付けたのが3つ。ある程度の大きさまで楽しませて
もらい、収穫してサラダで食べようと思っている。感謝しながら・。

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2005.10.08

町田大道芸:丸一仙翁社中(江戸太神楽)

本日8日、明日9日と二日間に亘り、12:00~17:00の間、8カ所の広
場を利用して大道芸が催されているのを知る。

浄運寺の門前では、境内で本日最後の「江戸大神楽・江戸時代から
続く由緒正しい伝統芸です。見ていってください」と呼び込みをして
いた。つられて中に入ると、獅子舞が踊っている。踊り終わると見学
の人たちの方に来て、頭をかんでくれて「おめでとうございます」の
言葉を一人一人にかけてくれたのである。
プログラムによると、丸一仙翁社中(江戸太神楽)の方々だ。

本日最後の曲芸の時間がきたのだ。
3人の男女がボール、升、茶碗等で傘の曲芸。 バチを加えての土
瓶回し。 花籠鞠という華やかな籠の中を鞠が上下に通り抜けてい
く。それは一人が側でうたい、親方がこの曲芸を披露してくれた。
別名「どんつく」ともいうそうだ。

全ての曲芸が終了後、親方が見学者全てに皆さまの発展と健康を
祈ってと三三七拍子の手拍子を。
よろしかったら投げ銭をと大きな升を持って回ってきた。目の前で
見るのも初めて、投げ銭として升に入れたのも初めてであった。

大事にしていきたい曲芸。日本人って素晴らしい!素敵だ!
今日は、日本の芸能を見ることが出来た。

手に入れたプログラムによると、主な出演者12組の名前と演技名
が記されている。
★DAISUKE【一輪車、綱渡り、ジャグリング】
★桜小路藤丸【似顔絵エンターテイメント】
★たび彦【チャップリン、パントマイム】
★Hiroshi【マジック】
★James【BMXアクロバット】
★Hat Juggier JAY【ジャグリング】
★デビット・ラムゼイ【マジカルバラエティエンターテイメント】
★加納真美【パントマイム】
★中国雑伎団【中国雑伎】
★丸一 仙翁社中【江戸太神楽】
★サプリミット【アクロバット】
★UWF関東学生プロレス連盟【プロレス】

他に、沖縄エイサーで活躍の【町田琉】、ヨサコイの【踊りや1ZE
N】、猿回し【お猿チーム】、太鼓ショー【和太鼓】、パフォーマン
ス【宍戸和寛】、創作ダンス【燃える五味】のグループ。

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2005.10.03

なぜか蝶々が

10月に入ったというのに、蝶々が花の蜜を吸いにきたところを見た。
赤紫の千日紅に留まっている蝶の名前は、シジミチョウではないだろ
うか・・。
昆虫・植物専門だった叔父に聞いたら、即座に名前を教えてくれるだ
ろうなと思いながら、しばらく動作を見ていた。羽を開いたり閉じた
りしながら、長い口(口吻“こうふん”)で蜜を吸っている。時折、
風が強く吹くと4枚の羽をしっかりと閉じ、「絶対に開かないぞ」
「飛ばされないぞ」という感じでジッと留まっている。風が過ぎると
また、羽を開いたり閉じたりしながら密を吸い、次は近くの花に留ま
り吸っている。

「蝶々さん、あんたと話が出来たら、“何蝶なの?” と聞くことが
出来るのにね。

短い時間だったけれど、じっくりと見たのは初めてである。

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2005.10.01

都民の日

昭和31年(1956)10月1日、【 開都500年記念大東京祭 】が
開催された。この日は、公立の小中高は休みとなった。カッパのバッ
ジを購入し、このバッジを付けている人は、都立の公園などは無料で
入場することが出来た。

また、学校では、音楽の時間にこの大東京の歌を教わった。確かこ
のような歌だったと思う。 4行目のフレーズが正しいかどうか、ちょ
っと自信がない。

 花が咲き 夢があふれる 東京の 
 昔懐かし  お堀の水に 
 映るは富士か 議事堂か
 白鳥の 影も鮮やか 

そして、現在でも毎年10月1日は「都民の日」といって休校になっ
ている。

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2005.09.30

月日のたつのははやい

9月も今日で終わり。
つい先だってまでオシーツクツクと蝉の声が聞こえていたのに・・も
う聞くことが出来ない。今では、虫の声が聞こえる。
コオロギか・・。

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2005.09.23

車中にて

秋分の日の今日、お墓参りに行くことにした。午前中は仕事があり、
午後出かけることにした。お彼岸だし、祝日で休みの日だから午後に
来る人もいるだろう。13時ちょうどの快速急行に乗る。

車中、斜め後ろからこんな会話が聞こえてきた。
a「現在、こうしていられるのもお金を出して食べさせてデザインの
学校に行かせてくれた父親と母親のおかげなんだから・・それで学校
を卒業して勤めることが出来たのだから、ありがたいと思っているわ」
b「・・・」
a「若いうちはわからないのよ。何でもしてもらうのが当たり前で・・
、この間、息子が洗濯をしまってくれていたの。そしたら、娘も食事
の後片付けをすると言ったの」
b「・・・」
a「大丈夫よ、30過ぎて結婚して子供を持ってみたときに親のこと
がわかるんだから」
b「わたしなんか30過ぎても大丈夫だろうか、うまくやっていける
だろうか、育てられるだろうか・・と思っちゃう」

2人の女性がどんな人なのかと思ったけれど、振り向くわけにはいか
ないので、つり革につかまり図書館から借りてきた本を読んでいた。
終点につき、降りるときに見ることができた。長いことしゃべってい
た女性は、今時の若い女性の服装。細い肩ひもで背中の大きくあい
た黒い服。残念ながら横顔をチラッとしか見ることが出来なかったの
だ。

どんな人なのか気になったけれど、前に回って目の前を通り過ぎると
言うわけにはいかなかった。私は、一番前の改札口から出ていくの
だから・・。 ちょっと消化不良な出来事・・・?

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2005.09.18

フェスタまちだ2005 

今年も9月17,18日と町田エイサー祭りが始まった。群馬、茨城、
そのほかの県からも出場していた。その中でも、大半の人たちのお
目当てはエイサーの本場、沖縄の「胡屋青年会」の踊りであろう。
力強い太鼓のバチさばき、メリハリの利いた脚の蹴り、身体の動き
など、見ていても気持ちがよい。だからといって、他のグループの踊
りが劣っているわけではない。何しろ、各グループとも20分近くも
太鼓をかかえて叩き左右にはねたりしながら踊るのだから見応え
はある。

中には、女性が太鼓を叩きながら踊っていた。といっても大きい太
鼓ではなく、小さい太鼓ではあるが、片手で太鼓を持ち片方の手で
叩き、踊りは全て同じであるのだから大変なことであろう。しかも、
今日は暑かったので踊り終わった後は、汗を流していた。

17日の土曜日は、駅前のカリヨン広場で11時から17時まで開
催、道路もバス通りではない通りで11時半から18時までの開催
だった。今日、日曜日は、午後1時から6時半までは大通りを車の
通行止めにしてのエイサー祭りである。

「胡屋青年会」の踊りからいくつかのグループの踊りを見て家にと
戻った。今年の暑い夏が戻ってきたような祭りにふさわしい一日で
あった。

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2005.09.13

9月も半ばに

早いもので、9月も中旬に入る。今月は敬老の日、秋分の日と2日
も祝日がある。敬老の日といえば9月15日。しかし、今では9月
の第三月曜日が敬老の日。ちょっとピンとこない。曜日の決定はあっ
も日にちは決まっていないからである。
お年寄りを敬う。良いことであるが、この敬老の日だけを敬えば良
いものではないと思う。

私は、子供の頃からお年寄りが好きであった。学ぶことがたくさん
あるからだけではなく、可愛がられたということも一因している。
身内のお年寄りだけではなく、他人の方などの方が多い。

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2005.09.01

防災の日

今年は、東京都、町田市合同の防災訓練があった。駅前の通りは午
前9時から11時まで通行止め。向こう側に横断歩道を渡りたいけ
れど渡れない。

バスが横倒しになり、中に取り残されている乗客を救助するという
設定。 地震によって窓ガラスが壊れたと思われる自動車をレッカ
ー車が移動するために引いていく。次から次へと順番に訓練が進ん
でいく。

高層建物から隣の高層建物まで綱渡りをしていたと教えてくれた人
がいた。綱渡りではなく、高層建物に取り残された人を救出・救助
したのだ。どのようにして救助したのだろうか・・。私は見ていな
いのでわからない。

あのオレンジの服をきた人たちも、もちろん中にいた。

真夏を思わせるほどの暑い暑い9月1日であった。

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2005.08.31

自分らしく

8月も今日で終わり。
週一回、無料の生活情報紙の一つ「リビング」がポストに配達され
た。広げると新聞紙と同じ大きさ。12ページであるが、いつも読
み応え、見応えがあるが、今回は特に中身が濃い。

一面、二面は、明日の防災の日を前にしてか、防災に関しての記事。
「最低限心得ておくべき3箇条を指南」わかりやすく説明してくれ
ている。準備しておくべき品物が書かれている。

12面は、選挙のための各政党の政策ポイントをまとめて掲載して
いる。これは非常にわかりやすい。
新聞に折り込まれる各政党の選挙の公約とともに、読んでいこう。
ちなみに、本日、選挙の入場整理券が配達された。

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2005.08.30

生きる 生きる

生きる 生きる 生きる
明日を生きる 
今日を生きる

24時間テレビ・愛は地球を救うの日曜日(28日)のある場面の
こと。新潟地震での東京消防庁のハイパーレス救隊の人たちのこと
を映していた。昨年。優太ちゃん救出には、テレビで全国の人たち
が固唾をのんで見守っていた。救出された時は、本当に涙が出た。 
優太ちゃんの生命力とレス救隊の方々の努力と苦労に感激をした。
きっと、優太ちゃん、元気に育ってくれることだろう。

生きているって 素晴らしい
植物も 動物も 生きる
生命ある限り 誰もが生きる

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2005.08.29

24時間テレビ・続き

今年の、「24時間テレビ・愛は地球を救う」のテーマは「生きる」
だった。「生きる」・・普段、何気なく使っている言葉であるけれ
ど。「あなたの生きるは何ですか?」と出演している人に番組の中
でも問うていた。

総合司会が徳光和夫さん、西尾由佳里(日テレアナウンサー)
メインパーソナリティがSMAPの草薙 剛・香取慎吾の2人。
ちょっと脱線して、草なぎのなぎの字は文字の変換が出来ないのだ。
「弓編に“前”という字の下に“刀”」と書くのが正しいみたいだ
けれど、難しい。

チャリティマラソンの走者が59歳の丸山和也弁護士、一週間前に
ギックリ腰をしたとかの話をテレビでされていたけれど、放送終了
時間までには武道館にゴール。 今までの100キロマラソンでは
最年長の方だという。 途中、走らず歩いたところはあっても、走
り抜いたのは、とても素晴らしいことである。力をもらったような
感じであった。

SMAP5人のうちの3人もさりげない形で出演していたようだ。
丸山弁護士がゴールした後で、「世界にひとつだけの花」を歌って
いたが、ピッタリと合っていた。 

「生きる」・・この世に必要として生まれてきたのだから、生きる
ために働く、働くために食べる、生きるために食べる。自分一人で
生きているのではなく、たくさんの人に支えられているのだと思う。

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2005.08.28

24時間テレビ・愛は地球を救う

昨日からの24時間テレビ。
過去にボランティアで3回、武道館に行ったことを思い出している。

家から24時間テレビの黄色のティシャツを着て電車に乗り武道館
へ行ったこと。
武道館に入るときには、手話通訳・名前 を書いたワッペンを貼っ
て入場したこと。
武道館には、募金をする人たちの長い列が続いていたこと。
愛の小鳩(手話)では3人ずつが一組となりずつ、3つのグループ
に別れ、それぞれの時間帯で武道館へ。

私たちのすることは、耳の不自由な方がいらっしゃたときに手話通
訳で案内をすることと、武道館への道順などを訪ねる電話の受付番
をすることであった。
3人で1時間ずつ交代で電話に出て、残り2人は本部席で一般の入
場者、ゲストなどのチャリティ募金をする人たちの列を見つめてい
た。
私がボランティアをした時は、通訳での案内は一度もなかった。電
話の受付番をしている時に、耳の不自由な方が入場され通訳として
案内をしたことをと友だちから聞いた。

今年も、愛の小鳩の方たちがボランティアとして活躍されたのでは
ないだろうか。

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2005.07.16

言葉が足りない

おしゃべりな人は、言葉が足りないということはないでしょうね。一
方的にしゃべりまくり、人に話をさせない、聞かない。ここまできた
ら、ご立派。こういう方と話をするときは、黙っているのが一番です
ね。

私が子供の時に「女はおしゃべりと相場は決まっているの、余計なこ
とは言わないこと。また、人のうわさ話の輪に入らないこと」一般的
な女の子と比較したら口の重い私(話せないのではないので、念のた
め)に母は話してくれました。要するに、余計なおしゃべりはするな
ということです。

もともと無口だったし、どちらかと言えば、家で本を読んだりしてい
る方が好きでした。実際には、私に注意は必要なかったのですけれど・
・。それでも親心でしょう。どこでどうなるかわかりませんものね。

今では、少々言葉足らずのところがあるみたいです。
きちんと話した筈なのに、通じていなかった(私も相手も日本人です
よ)ということがあります。あまりにも無口過ぎたからでしょうか?

こころが通じると楽しい、こころが豊かだとあたたかい、こころが貧
しいとわびしい。 こころと言葉でその場の雰囲気がかわりますね。

心の文字の入ったタイトルの歌は、たくさんありますね。すぐに出て
くるのが「心凍らせて」「こころがわり」・・まだまだありますね。

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2005.07.15

切り取られた図書館の本

先日、図書館から本を6冊借りてきました。その中の1冊の雑誌月刊
誌をパラパラとめくって読んでいたときです。後ろの方のページが飛
んでいるのです。おかしいなと思い、目次を見たところ、特集記事の
最初から8枚ページ(4枚)切り取られ、4ページおいて又4ページ
切り取られていたのです。
家庭の掃除の仕方の出ている特集でした。この本は、2004年の3
月号ですが、古くても新しくても自分の本ではないのです。

公共の図書館の本を借りて、欲しい情報があるからといって切り取る
というのはどういう事でしょう。コピーをするとか書き写すとかした
ら良いのではないかと思います。

本好きな人でしたら、図書館の本を切り取るなんて、汚すようなこと
は絶対にしないですね。

そこで、どのような人が借りて、どのような気持ちで切り取ったのだ
ろうか・・。また、この人は、こういう事を平気でするような人なの
だろうか・・。と想像をめぐらせています。

今日、図書館に脚を運び、この雑誌を返却してきました。そのとき
に切り取られているページを申告してきました。

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2005.07.13

お盆の入り

お盆は、先祖供養の儀式で、先祖の霊があの世から現世に戻ってきて、
再びあの世に帰って行くという日本古来からの行事です。

今日は、夕方、玄関先でオガラを燃やし迎え火を焚きました。子供の
ころに親からはご先祖さまや亡くなった人たちの霊(精霊[精霊])が
灯りを頼りに帰ってくるのだと聞かされてきました。

そうめんを茹でてと思ったところ、あいにくそうめんがなく、代わり
に冷や麦を茹でました。「そうめんがなく、冷や麦でごめんなさい」と
仏壇にお供えをしました。

明日の朝は、白米だけのご飯を炊いてお供えしましょう。いつもは七
穀米だけれど、一年ぶりに家に戻ってくるのだから、白いご飯にしま
しょう。

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